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10-10-14 椿の実

椿の実 割れてはじけて種が跳んでいきます。


「使えるもの」と「使えないもの」
「使うもの」と「使わないもの」

似ているけど、ちょっと違う。
現在のところ、上が母親のものに対する判断基準。下が主に私。
とはいえ、私も完全に下というわけではないのが情けないところですw

10-10-17 捨てられないもの

裁縫室にあるクーラーの下のスチールの棚です。
父親が存命中には、大事なものを入れていた記憶があるので、ここは私が手をつける場所ではないと思っていました。
ところが、母親は本当に大事なものは、奥のもうひとつのスチール棚に入れて、鍵を掛けて保管していました。
(先日の古文書の整理で判明)

では、ここには何がはいっているの? と尋ねると
「お父さんの宝物だったもの。」
開けてみると、いろいろと入っています。
PENTAXのカメラのレンズ(本体は壊れてしまい使えませんが、まだ大事にとってあります)
昭和40年頃に買ったというスライド映写機と、リバーサルフィルムの束などなど……。

えーと、つまり、ここにあるものは、破損はしていないけど、使わないものだよね?
というか、昭和40年?……40年以上前のスライド映写機……使えるの? いや、使う気がある?

母親の返事は明確でした。
「おかあさんのものじゃないし、おかあさんには必要ない。」
つまり、使えるけど(たぶん)使う気はまったくないという、微妙なものたちだということです。

これ、中身を処分してもいいの?
「好きなようにしたら。」
いたって温度の低い返答でした。

「この中身を処分して、棚を奥の収納庫にもっていって、そこに大事な書類とかをきちんと収めたらどう? いまの棚は使いにくいってこぼしていたんだし。」
それでもいいという返事でした。

どこでどういう趣味だったのか、父親が手に入れてきた事務所などでよくあるグレーのスチールのトビラつきの棚なんですが、普通の家にはとても使いにくいものです。
写真の棚だけは置いても、もう一つのは処分してしまったほうが、いろんな意味で空いたスペースを便利に使えそうなんですよね。

もういろんな意味で、父親の遺品をきちんと整理して処分していっても良い時期なんじゃないかと思います。
親不孝な考え方かもしれませんが、こんなふうに使う気のない今となってはガラクタ(ごめんよ、父ちゃん)のために大きな家具をおいて、スペースを占有させるのは、考え物だと思います。
思い出のものというよりは、母親の「使えるもの」を捨てることを嫌がる価値観で残されたものなら、特に処分するべきだと思いました。

これは、来年もう一度、大型粗大ゴミの戸別収集をお願いすることが確定したかも!

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