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女性なら家事くらい普通にできる
誰でもやれば家事はできる
主婦なんだから家事くらいできなくちゃ

たまに耳にする言葉です。
聞くたびに苦笑いしてしまいます。

だって、私、一応女性ですが、家事は好きじゃありません。
料理はまあまあ好きです。
でも毎日気持ちよく大好きだと思って料理はできません。
掃除はしますが、しないと汚れるので綺麗な状態は大好きですからやりますが、綺麗にする行為までは大好きになれません。
洗濯も片付けもやっていますが、大好きなわけではありません。
しなくて済むのなら、したくないというのが正直なところかしらw

料理だって昨日の記事のように、ずーっとやっているから普通にできるだけ。

自分のための家事と、家族がいる人の家事は少しだけ違います。
自分だけなら家事を増やさないように生活に工夫ができますが、家族がいたらそうもいきません。家事をしない家族がいたら特にw

なんで私がこんなに当たり前のことに思われている家事にこだわるのか。

私の祖母のお話をしましょう。
父方の祖母で、近年亡くなるまでずーっと生まれた時から同居していた祖母です。

彼女はとても美人でした。
若い頃の写真を見ますと、吉永小百合風のおっとりおとなしめな美人。
祖母はお嫁にきて亡くなるまでの70年間、一度も主婦だったことがない人です。
朝起きられない(起きない?)人で、仕事にいく祖父や学校にいく子供達のお弁当の支度が間に合わないし、朝食すらまともに準備されていない。
賄いの財布をもたせると、まず自分の身につけるものを先に買って、その次に子供のもの、最後に食費になるのですが、往々にしてお金が足りなくなります。
支払いや掛かりに必要なお金が残らない、買ってきた魚などの食材もお金が足りないので数が足りないから、自分と子供>旦那である祖父>姑>大姑という順番で配膳するというなかなかの武勇伝の持ち主だったそうです。
さらに料理はできない、片付けはできない、お金の管理はできないと、できないづくしだったので、とうとう姑が音を上げて、以後は家事・主婦業からお役御免ということになった人です。

いろいろな話を総合してみると、祖母がいわゆるADHDとかの病気だったわけではありません。むしろ、かなり頭の良い人だったと思います。いまふうに言えば勉強はできるけど愚かな人だったと。
祖母の父親は跡取りの長男だったのですが、後妻である継母と折り合いが悪く、結局負けてしまって嫁(祖母の母親)の実家に二人して出てきた人たちです。実家ももう跡取りと兄嫁がいますので、物置部屋での居候生活です。そして、間もなく生まれたのが祖母で、美人だったのもあり境遇を不憫がられて、甘やかし放題で育てられたようです。
祖母はお嫁にいくまで、家事の実習をまったくしてこなかった人なのだと思います。

大姑が亡くなり、姑が亡くなって、私の母親がお嫁にくるまでの5~6年ほどは、それでも仕方なしに家事をせざるを得なかったようです。
その時に、洗った食器を台所の棚にのせたままで片付けなかったので、とうとう食器の重みで棚が落ちて、家中の食器の9割が壊れてしまったそうです。
家計のやりくりをしない、知らない、片付けないからモノが使えなくなる。(昔のものは天然素材ものなので、お手入れが悪いとすぐにダメになります。)

母親がお嫁にきた時には、ひどい有様だったとか。
話半分に聞いても唖然とするような話があります。

もともと、我が家は隣県の古い庄屋の家だったのですが、江戸末期に訴訟ごとに負けていまの土地に移ったという家なので、裕福ではなかったですが貧乏ではなかったそうです。家財道具も残っているものを見ますと、古い漆器などもかなりのものがあります。
祖母が主婦として家計を扱っていた数年で、「軒が地に着く」という言葉どおりに、にっちもさっちもいかない極貧まで落ちていたそうです。

祖母は姑たちにいじめられたと、ことあるごとに言いますが、果たしてそうでしょうか……。
祖母は、姑のすること、教えることをまったく受け付けずに、ただの嫁いびりとしか受け取らなかったようですが、家事を家計のきりもりを教えようと姑は努力したのではないでしょうか。
元々が庄屋の家だったので、家のしきたりとか家事もそれなりに厳しいものがあったとは思いますが……。

祖母は自分が努力するという考えのない人でした。
まわりが「してくれない」と不満ばかり言い、耳に快い言葉、うわべだけの優しさを大事にする人でした。
ある意味では素直なのでしょうが、人の言葉、態度の裏を読むという世故というものを理解せず、快い言葉だけをくれる相手に、家にあるものを惜しげ無くばらまいたりもしました。(それが祖母のものでなくても……)

もともと家事をする気がない、しない人でしたので、晩年の年金で小遣いに不自由がなくなると、見事な汚部屋のできあがりです。
欲しいだけ、買えるだけ衣服を買い、母親が一生懸命働いたお金で少し良い食器をそろえると、憎い嫁に負けてなるものかと、自分も日常生活に使いもしない食器を買ってきたり……w
自分でも汚部屋なのは良くないと分かっていたのでしょう。
見かねて片付けようとすると激怒します。しまいには部屋の扉や障子を常に閉めて、中が見えないようにしていました。。

亡くなる1年前に入院したときには、6畳と4.5畳の続きの2間は、ゴミとモノの山でした。
介護施設に預けることは無理でしたので、退院したら引き取るためにも、汚部屋を私一人で一ヶ月かけて掃除しましたが……。
モノへの執着が激しい人でしたので、トラブルを避けるためにも、ゴミとわかるものだけは捨てて、それ以外は箱にいれておいて、退院した祖母に一つずつ、これはここ、あれはそこと説明しました。ゴミ以外のものを捨てていないと分かると、祖母はきちんとそろえておいた通帳を私によこして、ここから病院などの支払いをしてくれと言ってくれました。

祖母と孫とはいえ、いろいろとありまして、決して仲がよいわけではなかったんですけど、最後には信頼してもらえたのが、片付けの最大の報酬だったように思えます。

そんな祖母の子供達は、私の父親を含めて「片付け」ができません。
機能的に出来ないのではなくて、知らないのだと思います。
親がして見せてないから、親が教えてないからだと思います。

今のように家計を立て直すまでに母親も父親もどれほど努力したかを知っているからこそ、親が買ったものを不要品だからと簡単に捨てられないのです。
捨てるのにも、納得してもらうまで待ちます。

家事を家計をきちんとするということがどういうことか、やらないとどうなるかということを実地に見てきたからこそ、家事というのはとても大切な技術なのだと思います。

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