母上が、珍しく数枚の洋服を買った。
軽いニットのカーディガンで、裏にフリースのついたジャケットにもなるもので、流行のグレーの杢調。
軽いし、温かいし、いいんじゃない? とコメントしておいた。

帰宅してから、とくとくと解説してくれたのだが、
「これなら、よそのお宅にお邪魔するときにいいかなと思った。」
とな。
よそのお宅のお座敷に座るようなときに着るという話である。
しかし、今現在、そんな予定は無い
親戚関係を考察してみても、そんな必要性が予想されるような家はない。
近しく遊びに行く親戚の家もあるけど、冬場は危ないのでよほどの用事が無い限り行かない。
いくなら、温かくなってからなので、この場合には着られないし、着るつもりはないらしい。

つまりは、「何かあったら」のためのものだという‥‥。

用意が良いのは悪い事じゃない。
だけど、違うだろうと言いたくなったけど、ぐっと我慢。

「お母さんの衣装箱、その 何かあったときに着る予定の服 ばっかりで、ほとんど着ないままに、体に合わなくなったものばっかりじゃない。」
と、チクリとやってみる。
「今になってみたら、何十年も前のものなんて、サイズも合わないし、重たいし、着たくないんだよね。」
しぶしぶという感じで頷いていたw
意地悪娘もほどほどにしておくとして、それでもひとつだけ釘をさしておく。

「せっかく買ったお気に入りなら、いつ着るかわからないような扱いをするより、普通に着たら?」
「とっておき」「よそ行き」や、宝物だからこそしまい込んでおくのが「大事にする」ことだという価値観の母親には、「上手に使って大事にする」という考え方は馴染まないので、生返事しか返ってこないw

「隣のおじさん(故人)のモグラ獲り器と同じだね。」
ニヤリと笑って言ってみた。
とたんに、苦笑いになる。
「‥‥あれはなあ。」

隣のおじさん、昔、ちょっとお高いモグラ獲り器を買ったのが自慢で、よくそれを撫でさすりながら
「これは良く獲れる良いやつなんだぞ。」
と、奥さんに自慢しては、おもむろに箱にいれて棚にしまい込んでいたそうな‥‥。
そして、その大事な自慢のモグラ獲り器は、購入以来、一度も実際に使われたことはなく、隣のおじさんが亡くなって数年たってから、片付けをしていた娘さんによって発掘されたけど、錆びだらけになっていて一度も使われることなく不燃ゴミとして終焉を迎えたという。

奥さんからその話を聞いて、笑っていた母上だけど、同じじゃないかという私の言葉にご不満顔w

「同じようなのを2枚買っているんだから、1枚だけお母さんの言う「何か」のためにおいて、もう一枚は普通に家で着たら?」
「今、良いと思ったものは、今着ないと損だよ。人の感覚や流行なんてすぐに変わるから、年数がたってから着ても、今着るような嬉しさは無くなるよ?」

そうして、結局1枚は「何かあったらのもの」、1枚は普通にご近所にいくような用事のときにも着ることになった。

備えることは悪いことではないけど、備えることだけしか考えないで、今を我慢しすぎるのは違うと思う。
備えても、時間経過の変化というものを計算にいれていない備えは、結局使い物にならないのだからと思う。
ことに洋服については、よほど場にそぐわない突飛なものであったり、ひどい状態でないかぎり、自分が思うほど他人は人の衣服について気にしないと思うのだが‥‥。
やはり、自分でちゃんとオシャレしてる、いい格好をしていると自信を持ちたいのかもしれない。

ただ、自分がいろいろとやってみて思ったことは、洋服というのはきっちりとしたフォーマル以外は、普段着・ちょい外出着のグレードを少し上げることで、ほとんどのシチュエーションに対応できるということだ。
まあ、これも自分がそう思うだけで、他人からみたら至っていないのかもしれないけどw



Secret