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グリルで魚を焼かずに、フィッシュパンに切り替えたのですが、いつもコメントをいただくみしぇさんから、クッキングペーパーとフライパンでもOKというお話をきいていたので、ちょいちょいと実験をしていました。

結論からいいますと、切り身なら、フライパンにクッキングペーパーで十分に手早く綺麗に焼けます!
秋刀魚のような大きな尾頭付きだと、その姿のままならフィッシュパン、半分に切って焼けばフライパンでも対応可能。

浅いフライパンじゃなくて、北京鍋でやったら、さらに良い感じに早く焼ける感じ。

などと、夕食のときに母親に語っていたら、

「ほうほう、そんなに良いのなら、この前の北京鍋がまだあるから魚焼きに使うかい?」
と言い出したのです。

なんですと!?
それは、2年前に柄が取れそうで危ないから
買い換えて不燃ゴミで捨てたはずじゃないのか……!!


母親いわく、まだ使えそうだから拾ってとっておいた とな。

ぐぬぬぬ……捨てネーゼめ!
そこで、ガウガウと吼えても通用しないのは学習済み……orz

今使っている北京鍋でできることだから、たった1つのことだけのためにモノを増やすほどの価値は、捨てたはずの鍋にはないと思う。
捨てないのはかまわないけど、私はその鍋を使う予定はない。

と返答。

使えるという判断基準は、悪いことじゃないんだし、必要なことだとは思うけど、大抵、そこで思考が停止しちゃうのが大問題。
使えるのなら、それを使おうとしないのが諸悪の根源!(少なくとも片付けにおいてはw)

件の壊れかけの北京鍋でも、使い道があって使うために拾っておいたのなら何も言うまい。
ただ使えるというだけで、そこから先がなしに取って置いたのがNG!

やんわりとそんな感じの内容で諫めてみたけど、果たしてどこまで通じたやら……orz





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