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2013.02.03 【雑記】平等
今日は、たんなる戯れ言です。かる~く読み流して下さい。


かなり前から、なんとなく折に触れて、「平等ってなに?」と考えることがある。

まあ、決定的にそれについて考えざるを得なくなったのは、いわゆる相続問題からだった。
我が家も、ごたぶんに漏れず、ど田舎ゆえの古い意識がもとで、祖父母の代から父親を経て、私へと移り変わったのだけど、介護と相続というめんどくさい話になった。

父親の兄弟姉妹はたくさんいる。
だけど、結局いろいろあって、長男ではない父親が地元に残って、完全同居で親の面倒をみながら生活していた。
そのへんは、このあたりなら、三世代同居は普通によくある話だ。
なかには、三世代同居で、さらに行かず後家の小姑つきで、舅・姑を介護して、さらに最後の小姑の介護の真っ最中という人もいる。

我が家の場合は、介護はもろに私と両親の負担となり、相続では法のもとの平等を要求された。

その経験から、「平等」ってなんだろうと、ちょくちょく考えることがある。

人間はみな平等である という言葉はある。
「平等」という言葉を辞書で引くと、

かたよりや差別がなく、みな等しいこと。

と記されている。
差別も区別も、人によってとらえ方がまるっきり違ったりする、めんどくさい言葉でもある。

人には、それぞれ差違がある。
生まれた環境からして、同じなんてあり得ない。
得手不得手、能力、もって生まれた身体的な条件すら違う。

例えばの話だけど、A、B、Cの三人の子供がいて、ケーキとミカンが3個ずつあるので、平等に分けるのにどうするか。
算数的には、単純に一人ずつケーキ×1とミカン×1に分配すればOKだろう。

ところが、Aは乳製品アレルギーでケーキが駄目だし、Bはミカンが大嫌いだったら?
AもBも食べられないものをもらってもうれしくない。
分配は平等であっても、AとBには、半分しか満足感は得られない。

じゃあ、満足できないもの同士が、自分の駄目なものをそれぞれに交換して、Aがミカン2個、Bがケーキ2個、Cがケーキとミカン1つずつという結果になった。
当事者たちは、それで満足しても、現実の社会の中では、もう一つの問題が発生することがままある。

ケーキはお店で200円、ミカンは1個30円だったので、たまたまA、B、Cの交換が終わった状態を他人が見て、
「え、Aちゃんはミカンだけで、Bちゃんが1人で2個もケーキ!? ちょっと! なにそれ、不公平すぎるわ。ちゃんと分けなさいよ!」
と抗議する人がでてくるかもしれない。
かもしれないじゃないくて、大抵、そういう人がでてくる……。

結果が平等というのは、現実にはほぼ不可能だろうねえ。
機会が平等というのも、一見ありそうだけど、実はこれも無理なことがある。

平等、不平等というのも、その立ち位置によってかなり違ってくるんじゃないだろうか。

などと、ぐちゃぐちゃと考えても、答えはさっぱり分からない話。



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