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亡父の遺品である工具類・道具類に困り果てていたときに、まとめて引き取って下さったという話をしましたが、実はそれがほんの一部だったという事実が判明しました……orz

運良く引き取って下さったものは、林業関係の道具類で、納屋の奥の私が知らなかった場所に、まだまだ眠っていました。
母親が納屋の屋根が雨漏りする~ ……とぶつぶつ言い出して、話をしている過程で発覚したのですが、いわゆる電動工具(丸鋸、電気かんな、電動ドリルなどなど)やら、大工関連の道具がごっそりと出てきました。

正直なところ頭が痛い……orz

カンナが各種いろいろで15丁
ハンマー、金槌などなどが、20本
ドライバー、釘各種(未使用品だけど完全にさびています)
墨壺(ひからびたものと未使用品)4個
バール、やすり、のこぎり、巻き尺……

ざっと見ただけで、使い道の分かるものだけでこれくらいですが、どうやって使うのか、何に使うのかも分からないようなものもあります。
母親曰く
「おとうさんは、道具を買うだけ買って、釘の一本も打たなかった人だ。」
つまり、見ただけで頭を抱えたくなるような量の工具類があっても、それを使って何かを作ることがなかったということです(苦笑

いまふうに言うと、「エア大工」
いや、それよりも、道具を欲しがるぶんだけタチが悪い!

結局、父親は、工具・道具類を買うことで、「気分」を買っていたというのが真相じゃないかしら。
もちろん、おもちゃを欲しがるようなところもあったのでしょうが、それを買うことで、父親は「クラフトマン」な気分に浸っていたのでしょうか。

なんとなく、買い物依存症と言われる行為の根底が見えてきた感じがします。

洋服の山を抱え込んでいる人にも、共通するのかもしれません。

・かわいい、好き かっこいいと思うと買ってしまう。
・ストレス発散で買い物をしてしまう。
・セールで安くなっていると、ついつい買ってしまう。
・欲しくなくても、「おまけ」に弱い。

このへん、結構、身に覚えがあります。
フィーリングで物事を決める人に多いのかも……。

結局、父親の遺品を見ていて思うのですが、「もの」を買うのではなく、「お得感」とか、それを持っている自分の「かっこいい」「出来る奴」的な「気分」を買っているのだと。

「気分」を買っているから、実のところ、買ったものそのもは、あんまり活用できなかったり、下手をするとまるっきり使い道がなかったりするのだけど、捨てる罪悪感もあるし、なによりも自分のそういう間違いを認めたくないので、ものが溜まっていくという感じでしょうか。

実際に、自分自身でも、よく考えて買ったものと、フィーリングみたいな考えずに飛びついたものとでは、購入してからの活用度に雲泥の差があります。

父親の遺品のさらなる発掘を続けながら、こんなことをつらつらと考えていました。

ものがものだけに重量もあるし、もう一度、処分業者をお願いした方がいいのかもしれないと、母親と相談中です。

ほんとに親の遺産には悩まされます……orz





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