父親が亡くなって10年以上たっている。
それなのに、遺品の始末を、いまだに細々と行っている我が家ですw

父親は「片付けない・片付けることを考えない」人でした。
昔の昭和な亭主関白な人なのもあったけど、根っこのところは、「躾」の部分も大きい。
以前にも書いたように、母親である祖母が家事をしない、片付けのできない人だったので、子どもがそっち方面のスキルが育つわけもない。

そんな父親は、「道具道楽」だった。
父親が働いたお金で買ってくるのだから、誰も何も言わなかったけど、林業関連の道具、大工な道具、機械いじりな道具が大好きでした。
林業関係の道具は、それでも自分の仕事だったので使ってはいたのですが、おかしなところで完璧主義だったらしい。

1 これのココが気に入らない。
2 もっと、自分の理想のモノがあるはず。
3 新しい道具を買ってくる。
4 1に戻る。

という感じにループしていたんじゃないかしら……?

実は私も、少なからずそういう部分があるので、推測できてしまうわけです。
ただ、私の場合は、結構早い段階で、モノを自分に合わせるのではなく、自分がモノに合わせるのが使いこなすということだと理解したので、その時から道具が増えることは無くなりました。

でも、父親は最後まで、「究極の道具」を求め続けていたように思います。
そして、言ったら悪いですが、持っていることで満足しちゃったんですよね。
それを使って、何かをする、作るという、道具を役立てる方面はさっぱりでしたw

そして、最もタチが悪いのは、同じようなものを新しく買ってくるのはいいのですが、古いものを処分しない。
父親的には、コレとソレは、ココが違う。
だから、コレもソレもいる。

小さなものだと、片付けない・整理整頓してないから、しょっちゅう行方不明になって、新しいのを買ってくるという理由が多かったけどw

父親が亡くなった後、父親の道具をひとまとめにして整理してみると、出るわ出るわのざっくざっく状態。
大判小判なら大喜びですが……orz

かなり高額なものが多いので、簡単に人様に差し上げるわけにはいかないものが多い。
たとえば、刃物研ぎ用の本格的な砥石が、荒砥から中砥、仕上げ砥まで、各種30個以上、ゴロゴロ……w
今でも、1つ5~7千円くらいするようなものです。
刃物系もいろいろあった。

父親が亡くなってすぐに、そうしたものを処分したりすると、真っ先に
「お金に困っているんですね、お気の毒に(たかられないように気をつけないと!)」
と噂が立つ、ド田舎なもんで……。

先日、家の周りの危険になった大木を処理してもらった時に、委託先の林業会社の社長とは知り合いだったので、お礼に父親の残した大量にある林業関係の刃物をいくつか差し上げました。
今ではなかなか買えないようなものもあって、社長さんは大喜びでした。
話のついでに、亡父の残した道具の話になり、お見せしたところ、全部欲しいと言われて、母親と二人ハイタッチしたくなるような気持ちでしたよw

金額的にはどうでもよかったんです。
いろいろな人間関係のしがらみで、後腐れなく譲れて、せっかくの良い道具たちがちゃんと使って貰えるところに引き取って貰えるというのが嬉しかったんです。
どれほど良いものでも、私や母親には使うことが出来ないものばかりですから…。
もちろん、その社長からは、後日謝礼としてかなりの金額をいただいて、かえってこちらが恐縮するくらいでした。

父親が、もっときちんと自分と向き合って、道具との関わりを見つめ直していてくれたら、こんなにざっくざく状態にはならなかったんじゃないかな……。



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