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11-07-01 沙羅の花-01

沙羅の花

初夏の花というと、まっさきに思い出すのがこれです。
あまり花もちがよくないのですが、昔、お訪ねしたお宅で、煤竹の一輪挿しに無造作に投げ入れてあった風情が印象に残っています。
華やぎは少ないのですが、なんとも上品な花です。


もうそろそろ、片付け本は卒業しようと思います。
片付けから卒業するわけじゃなくて、その手のハウツー本ねw

何度、「片付け・収納特集」と大きな文字に惹かれて、その手の女性雑誌を購入し、そして微妙な足りない残念感に苦笑いしたことか。
著名な整理収納アドバイザーさんの本もそうです。
「美的収納」「断捨離」などなど。

どんなに本を読んでも、綺麗なステキにスッキリ片付いた写真を見ても、実のところ、こうすればいいんですという「自分」のための答えは書いてないわけでw

結局のところ、ハウツー本の多くは、どれを読んでも、つまるところは一緒なんじゃないかなと思いました。
言い方が違うだけ。

・すべての持ち物の棚卸し(仲間同士、分類、おなじものを集める)
・選択(使う・使わない・好き・嫌い・いる・いらない)
・収納(使う場所に使うモノ、使用頻度、ワークステップ数、見えるか隠すか、美しく)

この3つでしかないわけです。
そして、その3つが難しいわけですが……w

ずっと3年間、あれこれと試行錯誤してきて、うーん? と思ったことが一つ。
何度も何度も親と衝突しながら、上の3つをぐるぐると繰り返してきて、最初はうまくいかないわけです。
アレコレとやってみて、考えて、なんとかなりそう? という所までいくまでの道筋は、振り返ってみると、「自分は」なにが好きか、「自分は」なにを仲間どうしに使っているのか、「自分は」……というように、常に「自分は」と自問自答していたわけです。

ものを収納することにしても、これを自分はいつ使う、どう使う、使ったあと、どういう手順でどう戻す、と、具体的に自分の動きを確認します。
収納はどうしまうかよりも、いかに取り出しやすくするかというほうが大事だという話もあります。
大筋では正しいのですけど、私の場合、ちょっとだけ違う気がします。
使うモノ、必要なものを取り出すことは、1~2ステップ多くても可能だけど、戻すとき・収めるときにその手順が我慢できずに、収納が維持できないのだと自覚したりもしました。

美しい収納、さまざまな手法が紹介されていますが、見た目の好みだけでそれを応用しようとしても、大抵は失敗します。
自分がそれをさんざん体験したからw

自分が思っている自分
人から見た自分
本当の自分

という表現がありますが、一連の片付け行動でわかったのは、「自分が思っている自分」をとても高く設定していたこと。そして、「人から見た自分」をとても気にして、薄情な人間だと思われたくなくて、使わない頂き物を死蔵したり、モノを粗末にすると思われたくなくて、処分ができなかったり、すてきに「見える」収納を考えていたことでした。

本当の自分は、行動のワークステップ数が増やせない人間だったということですw

よくゲームなどで、キャラクターにそれぞれの「行動力の総数」があって、なにかをするごとにその行動力を消費していくというシステムがありますが、「行動力の総数」が少ないと、すぐにエネルギー切れになってしまいます。
たぶん、私の場合も、この「行動力の総数」が少ないのでしょうねw

自分には、このステップ数ならできるか? と、常に自問自答です。

片付け本には書いてないけど、本当に大事な部分は、「正直な自分」「己を知る」ということなのではないかしらと思います。

「私」については、どんな本にも書いてない。(当たり前w)

答えは自分と相談して探すしかないのですね。





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