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11-05-31 となりのシャム猫

ご近所のシャム猫の「みどり」さん
どこがみどりなのかは謎。
この写真に関してなら、まわり一面が「みどり」だけどw


日本では、今回の震災と津波による原発事故が、なかなか収束しそうな気配がないようです。
いままでマスコミに取り上げられることもなく、ひっそりと放置されて、今なお続いている放射性物質による汚染があります。
年配の方なら、たぶんご存じだとは思うのですが、日本にはかって自国産の原発燃料採掘鉱山として注目されていた場所があります。

鳥取県と岡山県の県境の「人形峠」です。

日本の原子力開発の初期に、自国での天然ウランの採掘をめざして、人形峠付近で採掘・試掘が開始されました。

ウラン採掘と人形峠旧ウラン鉱山

1954年に原子力予算が成立してすぐ、日本では一気にウラン探鉱が始まった。日本全土の半分を超える面積を探鉱した結果、1956年になって岡山・鳥取両県にまたがる地域がウラン鉱山として有望とされ、静かな山村が一気に「宝の山」へと変わった。県境の峠は「人形峠」と名付けられ、一帯の鉱山を総称して「人形峠ウラン鉱山」と呼ぶようになった。また、鉱山の運営は新たに設立された原子燃料公社に任された。67年になって原子燃料公社は動力炉核燃料開発事業団に拡大改組されたが、およそ10年にわたってウランの試験的な採掘が行われた。その挙げ句に、人形峠のウランなど全く採算がとれないことが明らかとなって、採鉱作業は放棄される。



最近になって、動燃の杜撰なやり方が取りざたされるようにはなったのですが、当時はもっと酷かったようです。

さらには、採掘を放棄した後、動燃は海外からのウラン鉱石を人形峠まで運び込んで製錬・濃縮試験を始めました。

精錬・濃縮ということは、どうしても残滓が生まれます。

試掘のため住民から借り上げられていた土地もすでに住民の土地に戻っていたが、88年になって、その土地に鉱石混じりの土砂が20万m3(ドラム缶100万本分)、野ざらしのまま打ち捨てられていることが発覚した。

残土の堆積場では、放射線作業従事者でも許されないほどの空間γ線が測定され、半ば崩れた坑口付近では放射線取扱施設から敷地外に放出が許される濃度の1万倍ものラドンが測定された。

それでも、動燃は残土堆積場を柵で囲い込むなどの手段で残土の放置を続け、行政は安全宣言を出してそれを支えた。ただ、鳥取県側の小集落方面(「かたも」と読む)地区だけは、動燃、行政の圧力をはねのけ、残土の撤去を求め続けた。私有地の不法占拠を続けることになった動燃は、1990年になって、残土を人形峠事業所に撤去する協定書を結んだ。ところが、それまで残土の安全宣言を出していた岡山県は、事業所が峠の岡山県側にあることを理由に、鳥取県からの残土の搬入を拒んだ。動燃も岡山県の反対を口実に撤去を先延ばしし、10年目に入った現在も、残土は撤去されないままとなっている。



現在でも、残土の撤去はされておりません。
そして、この動燃の施設の跡地は、線量の高さから立ち入り禁止のホットスポットになっています。


そして、もうひとつ

黄砂・大気汚染物質で、花粉症・咳・痛み・疲れ・体調不良も悪化

1980年まで、中国の砂漠での核実験は、地表での核爆発だったのです。

中国から飛来した黄砂から放射線物質セシウム検出、韓国が警戒感

放射性物質はともかく、中国からの大気汚染物質で、西日本では光化学スモッグが発生しているという話も。

光化学スモッグ 「中国大陸に主因」 福岡県解析 九州知事会が対策要望(西日本新聞)

50年もの間、報道されることもなく、放置されつづけた場所もあることを知ってほしいと思います。




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