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ご無沙汰しております。

ブログはサボっておりますが、片付けはサボらずに頑張っております。
蔵書の電子化は、現在、全体の2/3が終わりました。
本日、めでたく文庫本が終わりました。
明日からは、最後の砦のハードカバーものに着手したいと思っております。

先週から天候ぐあいを見ては、清掃センター通いをしています。
用済みとなったブックストッカーの山、七年の間に溜まっていた不用品、粗大ゴミ(大型ファンヒーター2台、石油ストーブ3台、大型こたつ、レーザープリンター2台、インクジェット1台、裁断機などなど)を車に積んでは、清掃センターへGO! でしたw

昔、うちの母親も
「捨てるのはいつでもできる」
「壊れたときに代替するから」
「まだ使えるから」
「まだ破れていないし着られるから」
など口癖のように、捨てようという娘の私に抵抗していたものです。
それが今年にはいって、ガラリと価値観が変わったのは、ちょっと前の記事の 2016.05.05 【収納・片付け】負の遺産 からです。
これ、ぶっちゃけるとお隣なんですよね……。
さすがの母親も、この見事な「負の遺産」には考えるところがあったらしく、最近の思い切りの良さをみて
「なんで急に?」
と聞いたら
「ああいうふうにはなりたくない」
とお隣を指してきっぱりと言い切ったのです。
さすがに身近な実例は強烈な反面教師となった様子。
私にはありがたい話です。

そこで折を見ては、「使える のと 使う の違い」とか、いろいろと会話にまぜてさりげなく啓蒙活動w
「使えるのなら使う。使わないのは持っていても意味がない。」
「ものは使ってこその意義がある。」
「使えるのに使わないのは、本当の意味で勿体ないこと。」
などなどw

清掃センターにゴミを持ち込んでみて思ったのは、体力と運ぶ力のある今でなきゃ出来ないなあということでした。
年単位でためこんでみても、結局は最後には捨てることになるのです。
時間がたてばたつほど捨てるためのコストが値上がりするし、ゴミ出しのルールがどんどん細かく面倒くさくなっていくのです。
それに反比例して、こっちの体力も気力も考える力も落ちていくので、どんどん面倒なことはイヤになっていきます。
捨てるのはいつでも出来る なんて言葉、信じちゃいけません。
言っている本人は、わかっていないので本気でそう信じているのでしょうけど……。






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